「心を無くす決断」

失ったのは豊かな心。こんなこと書けないかな(笑)。あの中にいると、色んなことが起きるので、そのたびにいちいち心を動かしていたら、自分の体ひとつじゃ保たないなって思ったんです。だから、10代の時に心を無くす決断をしてしまいました。

渡辺麻友が語った、11年間のAKB48生活で「得たもの」「失ったもの」 | 文春オンライン』より引用

 

「心を無くす決断」とはなんだろうか。名前は知っていた彼女の魅力に、令和になって気が付き、インターネットの海を漁る中で辿り着いたこの記事の言葉に心を刺された。記者は漢字を「無くす」としたが、私が思うには「失くす」とした方が適切であると感じる。しかし、芸能界を引退し、一般人に戻った方の本懐は知る由もなく、推測で何かを語ることは憚られる。そこで本稿では、彼女のことは主題ではなく、アイドルというものの難点について綴りたいと思う。

 

そもそもアイドルは早熟である。早くは12歳からステージに立ち、時として、センターに抜擢される。それは人々の注目を集め、現代においてはインターネット上で評価され、場合によっては流言飛語が飛び交うことに等しい。その幼さゆえの行動や発言であったとしても、世間はそれを認めず、攻撃する。即ち、アイドルはその早熟であるという特性上、突如として、過度に大人となることを大人から強要される。事務所や保護者がそれらへのアクセスを禁じたり、法的措置を講じたりしたとしても、個人がスマートフォンを持つのが当たり前の時代では、アイドルをそれらから守り抜くことは不可能だ。

確かに、アイドルは自らアイドルとなることを志し、オーディションの段階で他人からの評価を求めるものである。そういった声にも耐えることも覚悟すべきという声も一部にはあるだろう。しかし、小学校6年生、中学生の少女のアイドルを志す無垢な心にその覚悟はあるのか。歌って踊るのが好き、テレビに出たい、そんな心がアイドルへの憧れとなる。頭の片隅には誹謗中傷への不安はあるはずだが、そのウエイトは小さいと思う。

 

そしてアイドルには「他人を笑顔にする」という重責がある。歌って踊るだけでオタクは笑顔になるかもしれないが、その責任は重くのしかかる。アイドルの規模が大きくなるほど、ファンも増える。特に、全盛期の48Gは東日本大震災の発生とも重なり、彼女らはチャリティーライブを行った。10代のメンバーも無論、中学生、高校生としてではなく、「アイドルとして」復興支援をすることを求められた。被災地で歌うことには葛藤があったに違いない。私のような普通の中高生活を過ごした人間からは想像もつかない世界である。

 

オタクは「推す」という言葉を頻繁に用い、この言葉は『推し、燃ゆ』に代表されるように一般的な言葉となってきた。一方で推されるアイドルもその子が真面目であればあるほど、ファンの期待に応えようと自らを追い込む。特にセンターやリーダーに指名されれば、それはグループの顔であり、グループを育て、維持するという使命を担う。多くは運営という大人に背負わされるものだ。ここでは、メンバー人気投票やグループ同士のバトルイベントなど、ファンが費やしたお金が重要となる。結局のところ、グループを大きくするためにはお金を使わせる(言い方は悪いが)必要がある。しかし、他人に対して、私のためにお金を使え、とは言えない。さらにその戦いで敗れれば、ファンは私たちの頑張り(=使った金額)が足りなかったと嘆く。これはアイドルに精神的な負担を負わせるものだ。あるアイドルが初センターに抜擢された時に、撮影中に過呼吸となったそうだ。もちろんアイドルにとってファンは活動の励みとなり、大いに越したことないだろうが、「推される」というのも非常に過酷なことなのだろう。

 

一部の中学生、高校生をアイドルとして忙しく過ごした者は学業が疎かになりがちである。また、学校での友達との交流も時間的制約が阻み、恋愛は言語道断である。いわゆる学校での「青春」は保障されない。しかし、これはアイドルとしての青春も存在するから、一概に私が悲観するのも間違っているのかもしれない。「青春」の誘惑に負ければ、前述の通り、匿名の攻撃に晒される。

 

こうしてアイドルは「心を失くす」こととなる。心を失くすことが出来ないものは、抑圧を続けそれに耐えうる強靭な心(慣れ)が生じてしまうか、どこかで精神的に参ってしまう。オタクは、心を失くしたアイドルを完璧なアイドルと賛美し、弱ったアイドルに魅力を見出し、さらに応援する。高校で古文を学んだ時、クラスメイトは光源氏の異常な溺愛を気持ち悪いと非難していたが、それと全く同じである。そして、卒業後、元アイドルは時間に余裕が生じたときに、脱慣れとでも言うべきか、かつて自分の置かれていた異常な状況に気がつくことなる。

 

私はアイドルが好きだが、これらについて考える時に自分の推すという行為が本当に正しいことなのか疑問を抱く。無論、失ったものがある一方で得るものも多いだろう。最後に、私は、アイドルというものやアイドルを取り巻く状況を非難する気はないことは述べておきたい。しかし、精神面でのサポートを改善してほしいと感じる。またこの文章は否定的な面だけを強調して書いたものである。

 

最後に、この文章の初めに渡辺麻友さんの記事を引用したが、彼女は悲劇のヒロインとして扱うつもりは全くない。芸能界を引退した今、彼女が幸せな道を歩んでいることを願うばかりである。

 

 

 

 

 

早朝旅行

緊急事態宣言の緊急性はどこへ行ったのか、もはやわからなくなってきた昨今。年が明けてからは緊急事態宣言が発令されている期間の方が長い、そんな東京。

男の一人旅行なぞ景色を見て美味しいものを食べてホテルでまったりするだけであり、口を開くことなどないのだから飛沫の飛びようがない。しかし、やはり世間体を考えれば、自ずと地方への旅行は憚れてしまうものだ。それならば近場で済まそうという発想に至るわけだが、東京都内の雑踏へ赴く気は起きない。無論、わざわざ毎日のように都内で満員電車に揺られているからでもある。

そんな中でも旅行へ行きたい、非日常を味わいたい欲求が湧いてきたある夜、突然「朝の海を見たい」欲求が爆発した。翌朝の始発で鎌倉へ向かうことに決めた。

 

朝4時、起床に成功。駅までのバスも走っていない時間なので駅までは徒歩である。電車は座席が一人おきに座っているような状態。初電あるある、思いの外乗客がいるを観測する。乗り換えた先の電車では私を含め3人しか同じ車両に乗っておらず、空気輸送状態であった。

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江ノ電に乗り換え、由比ヶ浜駅で降車。まだ6時代である。海までの道を歩くが、カーブに差し掛かる度にこの先に海が広がっているのか、という期待に胸が躍る。かれこれ十度程、期待と落胆を繰り返すこととなった。

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由比ヶ浜に到着。

サーフィンをしている人がちらほら、散歩をしている人がちらほら、三密は皆無である。

後々に砂の処理が面倒になることが頭をよぎったが、海に来るとテンションはやはり上がってしまうもので、靴を脱ぎ、足だけではあるが海へと入る。

予測に反して海水は暖かく、泳げそうな水温である。水泳部に所属していた読者ならおわかり頂けると思うが、温水でないプールの10月の練習の方が過酷である。

砂の処理に10分を要した。

まだ7時半。鶴岡八幡宮へ向かう。土休日は混み合うと話題の小町通りも人っ子一人いない。無論、店は開いていないが本来の目的が海を見ることなのでそんなことは気にも留めない。

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鳥居を潜り、参詣。

境内を散策し、御神籤を引くとこれが凶であった。内容をありがたく拝読し、ネジを締め直した。

時刻は8時半を回り、そろそろ観光客もやって来るであろうから朝食がまだであったことを思い出し、駅前のカフェへと避難した。先客が2名程いたが、広い店内ではほぼ貸切状態である。

パンとコーヒーを啜り、休憩。

時刻は10時。

ここまで密を避けることを徹底した旅行であったが、午後からは都内での予定が入っていたのでそろそろ出発。

午後の予定を済まし、一日を振り返りながらこの文章を認めているが一日が三日に感じられるほど長く充実したものであった。

結局、人混みへ向かうという結末ではあったが、少なくとも白眼視されるような旅行ではない上手な旅行を楽しむことが出来たのではないか。コロナとの生活をどのように切り抜けていくかは人それぞれであるが、一日でも早くかつての日常が戻ってくれれば幸いである。

 

 

 

 

【雑記】KADODEを観ました。

  冒頭から拙ツイートで初めて申し訳ない。 

 

 参加して後悔するのと、参加せずに後悔する、の2択ならば参加して後悔する方が良い、とはよく耳にする話だが、私はそうは思っていなかった。無論、後に参加しなかったがためにその催し物の感想等を見て行きたかったと思うことはある。しかし参加していない以上、その楽しさを知らない、未知数なのだから後悔のしようがないと考えていたわけである。そんな感じで今までやってきた。未知数のものを悔やむのはおかしな話と。だから見られなかったことに対してそこまで悔やむことはなかった。

 しかし「KADODE」は違った。明確にあの場に存在していたいと思えた。7人の迫力、距離感、そして何よりも会場の一体感。あれを越えるものはそうそうはないはずだ。そこがWUGの魅力である。観客席とステージ、本来見えない壁で隔てられいるはずのそのステージからメンバーが降りてきて目の前にやってくる。ここは地下ではない。

 言葉を選ぶべきだが、その魅力はファンでなければ味わうことは難しいだろう。以前、読んだブログに「異常さ」について言及されていた。全くその通りだと思うのでここでは詳細な記述は避けようと思う。突然だが、私は円盤を買い、関連するブログも数本書くほどにはWUGが好きだが、自らを「ワグナー」と称することに躊躇いがある。知っていたにも関わらず活動中の彼女らを応援することができなかったことへの後ろめたさからか。様々な理由があるがその一つとして、同じ空間を共有した者こそが「ワグナー」であると感じていることが挙げられる。即ち、前述の通り、7人とファンの関係が濃密過ぎて入り込む余地がないような気がするだ。ワグナーへの熱い思いが語られているMCからも、いかにこの関係が特別なものであるかを窺うことが出来る。WUGを知らない人は双方向の熱意に驚愕するに違いない。ではここで、排他的かと問われればそれは違うと言わざるを得ない。パフォーマンスは圧倒的で一度見たら忘れることのできぬ力があり、実際、ワグナーは温かいと思う。(一番の理由は自身を何か特定のコミュニティの存在として自称することがあまり好きでないからなんですが、こうして関連のブログ等を書く時点でこの行動に意味はないですね。) 

   

 こんなことばかり書いていても仕方がないのでライトな感想を綴ります。以下、酷い文章です。

 開幕。『少女交響曲』で魅せられた。歌い終わり、俯いたまま始まった『素顔でKISS ME』に圧倒された。一人、画面の前で盛り上がる方が難しいというのもあるが、画面の中で歌い踊る彼女たちに対峙した私はその世界に囚われて沈黙していた。ファンを盛り上げるだけではなく、魅了し、黙らせるパフォーマンスというのはなかなか出会うことができないはずだ。

 率直に申し上げて7 Senses』は好みではなかった。理由は後述したい。しかし、KADODEでこの曲を聴いて「新章最終回をこの曲で終わらせるルートも見てみたい…」と少しおセンチになってしまったり。見方が変わりました。

 そして永野愛理さんのコーナーは凱旋とだけあってさすが。彼女のMCからは人一倍の東北愛を感じたし、東北、宮城を背負っている気概を感じた。特に「仙台」に留まらず、「東北の魅力はこんなもんじゃない」と仰っていたところからはその想いを垣間見ることができよう。WUGというコンテンツに永野愛理さんが携わったことには大きな意味がある。そしてWUGにとってもその存在は仙台、宮城、東北を考えるうえで核となったことだろう。

 『ハートライン』は鳥肌。奥野香耶さんの叫びに思わずメガネを外す。そろそろ辛くなってきた、見続けたいのだが、開幕から気圧されっぱなしの私は疲れ気味。しかし、リモコンは持つまい。

 『さようならのパレード』は『タチアガレ!』のリンリンと音がする度に感情が揺さぶられ喉の奥が熱くなる。

 聴いていて思ったことだが少女性を「16歳のアガペー」って表現するの天才過ぎる。「16歳」と「アガペー」を組み合わせようなんて思わない、普通。

 いよいよ待ちに待った『Beyond the Bottom』である。この曲には色々とあったらしいが、魂の歌声は考察困難な歌詞を見事に歌い上げていた。香港の活動家たる周庭氏が歌詞を引用し、界隈ではちょっとした話題になったが、やはりこの曲は他曲とは一線を画す。そんな曲を彼女らは何を思って歌っているのか。そのパフォーマンスには畏怖の念を抱く。そして青山吉能さんが表現者であることを強く感じた。

 このBtBからは私の琴線に触れる怒濤の7曲であった。

 『タチアガレ!』で虹色に染まる客席。落ちサビ、ソロパート、少し感極まっていた青山さん。1stでなんかあったらしい?が、それとこれとは違う上に今回は歌い切ったが、なんというか一周してきた感じがして感慨深いですよね。この曲にはドラマがつきもの。特に1stの終演後に客席が歌い出すシーンは感動する。(「タチアガレ!を歌い出すオタク」を参照。非公式なので貼りません)

 『TUNAGO』では秋に訪れた宮城現象沿岸地域の風景を思い出した。MVの撮影地は復興が進み、今はもう風景が変わっている所もあったが、もう戻らない居住禁止区域もあった。また目にした絶景も。そんなことも頭に浮かべながら聴いていた。ところで『TUNAGO』を聴いていて、気がつくと、「てってってってってー」の間奏に飛んでいる現象。あれは何でしょうか。さらに大サビで後ろでピロピロ鳴っている音が琴線に触れるんです。(音楽に暗いのであの音の正体教えてください) そして広川先生曰く「地下鉄ラビリンスはエモ」らしい。ランランラン…………

 最後に、最も印象に残ったのは『7 Girls War』だった。「夢はまだまだ遠いよ so far」と歌っていた駆け出しのWUGが、当時力をつけてきていたアイドルコンテンツや絶大な人気を誇っていたアイドルコンテンツと比較されたWUGが、今や多くの人を魅了し、涙を流させるようなパフォーマンスで、同じ歌詞を歌っていることには涙を隠せない。というのも「so far」は「めっちゃ遠い」だけでなく「今のところは」という意味もあり、特にエンスカイのインタビューで「目標はSSA」と笑いながら語っていた吉岡茉祐さんが、SSAを約2週間後に控えた本公演で、これを歌っている姿はこの上なく感動した 。「『7 Girls War』は泣ける」が理解できた気がする。

 「今日は人生で間違いなく一番幸せな日でした」と高木美佑さんが言っていたが、この人生がこれまでを指すのかこれからをも包含する人生を指すのかは私にはわからない。自信がなければその言葉は出てこないだろう。他人の人生の幸せを私が決める権利などないが、どちらでも通用すると思う。それだけ圧巻のパフォーマンスだったし素晴らしいファンの声援だった。(余談ですが、競泳の岩崎恭子選手はバルセロナ五輪で金メダルを獲った時に「今まで生きてきた中で、一番幸せです」と語っています。)

 「3つの幸せ」が山下七海さんの理念として生かされているのには言葉を失った。あのMCを超えるものはないと思っている。「山下七海 幸せ」でパブサをかけると多くのTwitterユーザーが山下七海さんから幸せを得ているようで、彼女がプロフェッショナルであることを実感する。

 田中美海さんの歌にも注目したい。『WUG』でも島田真夢参加以前のセンターを任される役柄を演じるなど、安定感には定評がある。それぞれに魅力があって比較するものではないから、このような事を言うのは非常に躊躇われるが、率直な感想を述べたいと思う。(不快になったら申し訳ありません) 「喉からCD音源」という言い回しがあるが、田中さんはこれだと思う。しかし、本公演ではそれを脱した力強く感情が詰まった歌声を堪能することができた。特に『ハートライン』の「優しいってなんだろ 難しいかもね」はクールだった。そして、私はどこか俯瞰的にユニットを眺めているような印象を田中さんに抱いており、今までもその背中は大きく見えたわけだが、さらにこの公演を通して頼もしく見えた。田中美海さん、カッコいいです。

 奥野香耶さんはMCで「辛い時などに見てください」といった旨のことを言っていた。WUGの存在がワグナーの原動力になっていることを実感し、私自身もその存在に背中を押されている身として、この言葉はたいへん心に響いた。とは言いつつもお気持ちになってしまうから服用はほどほどにせねば。

 

 先に、後述すると言った『7 Sences』の話をする。この曲があまり好きになれなかった。この曲だけでない、『タチアガレ!』と『7 Girls War』も。そもそも私が『WUG』を見なかった理由はアイドルアニメだからだ。ワチャワチャしていそうという先入観の元、忌避してきたアイドルアニメ。(『恋風』に惹かれてデレマスは2015年からプレイしていましたが…) その結果、WUGとの出会いも遅れてしまった。そしてこれらの曲も『TUNAGO』等の静かな曲に比べると活発な曲であるから先の理由からあまり好いていなかった。しかし、FINALの音源やその他BD、インタビュー等を見ているうちに『タチアガレ!』への意識は変化してきた。そしてこのKADODEにて、後者2曲が私の中で化けた。今ではどれも大好きな曲です。

 この曲の好みの話は私に限ったことではないように感じる。先日、他コンテンツのファンとライブBDを交換し、本公演を見て頂いた。ただやはり、KADODE BDを貸すのはその特殊さ故に憂慮した。結果としては楽しんで頂けて素晴らしかったと絶賛してくれたので杞憂に終わったわけだが。その友人曰く、『少女交響曲』『Beyond the Bottom』『HIGAWARI PRINCESS』が気に入ったらしい。私も初見であのセトリの中だったらおそらくこの3曲は選ぶと思う。かくいう私も『少女交響曲』をヘビロテしていた身ですから。WUGを勧めるとき、曲を引き合いに出すなら特徴的な曲が良いと、感じた。初めて聴いた曲が後に化けるのも面白いが、コンテンツへの興味を引くことを考えるならその辺りがよいのかもしれない。

 

 終わり方にまとまりがなくなってしまいました。

 

 SSA BD、時間はズレてしまうかもしれませんが、私も鑑賞しますので、皆さんよろしくお願いします。

 

 最後に、この場をお借りして、先日の福島県沖で発生した地震で被害を受けた方々へお見舞いを申し上げます。余震も続いているようですので、お気をつけてお過ごしください。

 

 それでは。

 

 

 

 

『海そしてシャッター通り』が好きだ。

 今日は『海そしてシャッター通り』がお披露目されてから2年だそうで、当時の私は何していたのか、とフォルダを遡ってもなんの写真もない。恐らく何の変哲もない日常の一日だったはず。こんなとき日記でもつけておけば、と思うものだ。そんなこんなで今回はWUG楽曲での私の一番のお気に入りである本曲についてつらつら綴りたい。

 歌詞を眺めて、私の頭に浮かんだイメージを述べたい。というのも、この曲の歌詞には具体的な情景が描かれているから。ただし、私は音楽の知識には暗いので悪しからず。

 

 故郷である東北地方太平洋側沿岸地域から旅立つ大学生、または同程度の年代の青年(女性を含む)。幼少期に家族と歩いた商店街を中途半端な光を浮かべる街路等に照らされて歩く。街灯に備え付けられたスピーカーからは名も知らぬゆったりした曲が流れている。シャッター街、その中でも地元に支持されながら営業を続ける商店。店を畳んだと思われる建物の中をシャッターに閉ざされていないガラスから窺うと、埃っぽい。青年は実家に向かうのか、はたはた敢えて外泊するのか、当てもなく歩いていると初雪の結晶がマフラーの端に咲いた。

 店先や理髪店など馴染みの店では「いつものやつ」で通じる。誕生日に地元のケーキ屋さんで店員さんに「おめでとう」と言われて受け取ったバースデーケーキ。このケーキ屋さんも顔馴染みだろう。

「私が持つ!!」

「落とさないように気をつけてね」

「あっっ…!!!怪我はない?大丈夫?」

「ケーキが……」

(案の定…やれやれ)

「いいのよ。」

 

 微笑ましい。

 東北地方太平洋側と限定したのはやはりWUGが生まれた意味から。震災復興の手助けを、と立ち上がったプロジェクト。作品内での描写のみならず、彼女ら自身こそ宮城各地でのイベントや東北6県でのソロイベなど、精力的に東北を盛り上げてきた。そして、青年としたのは曲後半「時間の階段のぼって」を受けたためだ。"大人の階段のぼって" でも似たような意味になると思うのだが、大人の階段はある程度まで登った者が感じられる物だと思うわけである(私は登り始めてもいないような若輩者であるので、何言ってんだって感じですが)。だから「時間の階段」。これからもある、続いていくんだ、そういった時間軸を示しているのがこの言葉だと思う。WUGの7人もまだまだこれから。「ふり返る」、そしてまた前を向く。

 では「リボンで ありがとう 結ぶかのように」とはなにか。結び目を英語で "tie" というが、これは"縁"や"絆"といった意味も含む。特に"絆"は震災以降、復興のスローガンとして何度も耳にしていた言葉である。こういった部分もあるのだろうか。無論、東北との縁、7人とワグナーとの縁など「縁」も沢山ある。私はここで贈り物を装飾するリボン(🎁⇦こんなもの)を想像したが、髪を結うリボンと解釈することも出来るかもしれない。

 「フードのその陰に 涙がひとひら

 なぜ泣いているのか。故郷に別れを告げる旅立ちだから、これが一番シンプルな答え。WUGに関わった全ての人にとっての「故郷」、7人にとっては自分たちのグループやワグナー、ワグナーにとっては彼女たち。まさしく"HOME"である。そして、1番の歌詞では「雪」だったものが「涙」に変わっている。ここで注目したいのはその直前の歌詞の「コートのマフラーに」と「フードのその陰に」である。青年は寒空の下で郷里を歩き、さまざまな思い出に浸る。その時間の経過の中で、寒さはより厳しくなり、青年はフードを被るに至る。そのコートの陰でそっと涙が零れる。

 

 そもそも冒頭で具体的な情景を描写したが、この曲はその情景に限定されず、聴く者にとって普遍的で、郷愁を想起させる魅力がある。以前、私が女川の街でこの曲を聴いたときの感想を再掲しておく。

 「ここまでの旅程でシャッター通りも目にしていた。あの情景描写的な歌詞は間違いなくこの地を指し、この地で聴くことで感じるものがあるはずだ、と確信を持っていた。
 しかしその確信とは裏腹に、結果はそうもいかなかった。いつもと変わらない。いやいつもより…
 なぜか。

 私はこの地へ初めて足を運んだ。点でしか知らないのだ。この街の変遷を、魅力を、深く知らないのだ。必然的に思い入れは通い慣れた街や故郷に比べると小さくなる。生まれ育った家の近くで聴いた時に心を打たれたのはこのためだろう。私はこの曲を郷愁や家族への思いなどそういったものがあれば、どこであろうと私たちの心に寄り添うような曲だと思う。しかし、私にもこの町でその魅力を感じられる日が来てほしい。」

 

 また、歌詞中の言葉の縁語的なはたらきも魅力である。

「シャッター」と「錆びる」、「面影」と「記憶の幻」などが挙げられる。これにより、一見結びつきのない単語が結びつき、曲全体の雰囲気を決定するものになっていると感じる。調和。

 

 最後に、簡潔にこのブログで言いたいことをまとめると『海そしてシャッター通り』は、描写が丁寧な歌詞でありながらその情景に囚われず、聴く人に故郷の懐かしさを思い起こさせ、全ての人の今までとこれからへの想いが詰められた楽曲である、ということだ。

 

素敵な楽曲をありがとうございます。私は「月日が積もる」という表現が大好きです。美しすぎる。

 

 

 

【円盤】2020年のWUG 1st LIVE Tourレポ

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皆さまこんにちは。

Advent Calendar 以来の登場になります、デンタル味噌です。

今回は『「2020年の」WUG LIVEレポ』ということで、LIVEの円盤を見た感想を綴ります。まずは、2014年に行われた1st Tourのレポをお届けしたいと思います。

以下、「めんどくせぇ奴」全開の内容になっていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。特に、「WUGを追うか迷っている方」には是非読んで頂きたい。書き手の私も解散後にハマった身なのでね…

 

1.めんどくさいサンタクロース

2020年12月26日、私の元にもサンタクロース(自費)がやってきた。慌てん坊ならぬ大遅刻のサンタクロースである。自分へのプレゼントとして購入したものは、Wake Up, Girls!のLIVE Blu-rayである。

Advent Calendarにも参加したり、「WUG!WUG!」とツイートしたりしている身でありながら、Live Blu-ray は未視聴というのは恥ずかしい限りである。(人それぞれでいいと思います。)

では何故、ここまで購入が遅れたかといえば、それは買う決心がつかなかった、ただそれだけのことだ。キャッシュレス決済の還元率UPに背中を押され、ついに購入した。しかし、この時点でも、買わなくても良かったのではないか、と思わずにはいられなかった。

確かに今後も誇れるグループとして存在し続けるだろうが、決して新コンテンツは生み出されることはない、虚無。また、現在、私は7人それぞれのコンテンツを楽しんでいるが、そのことに関して彼女らの「今」を追っているのではなく「過去の延長線上」を追っている気がして、心に蟠りを残していた。キャリアとしての過去を知り、今を追うことは素晴らしいことだと思うが、どうも今の自分はそれとは異なる気がしたのだ。さらに、「Live Blu-rayを観たい」という感情は自分の欲望なのか疑問にも感じた。「ワグナー」に従属する欲望、すなわち自分の欲望というよりもただワグナーを模倣しているだけなのではないか、と。

2.諸々ご紹介

今回は「Wake Up, Girls! 1st LIVE TOUR 素人臭くてごめんね。」を視聴する。収録内容は、東京・文京シビックホールにて開催された2014年8月17日(日)夜公演のものである。本公演は大阪に続く2公演目となり、千秋楽の仙台公演を控えたものとなっている。

3.いざ参戦ー視聴ー

Blu-rayDiscを挿入。前述の雑念と共に、小さな期待と共に。というのも、ニコ動にあるワンフェスのステージは成長したとは言えども、完成されているとは言えないからだ。元気が取り柄、そんなステージだと思う。(公式ではないため貼りません)

 〔セトリ〕

1.タチアガレ!

2.7 Girls War

3.海と魚とハダシとわたし

4.オオカミとピアノ

5.シャツとブラウス

6.ジェラ

7.DATTE

8.あぁ光塚歌劇団

9.太陽曰く燃えよカオス

10.極上スマイル

11.16歳のアガペー

12.言の葉 青葉

EN.タチアガレ

 

何から書こうか迷ってしまうし、スピーチとスカートは短い方がいいらしいので、ブログも短い方がよいだろう。簡潔に書きたい。

 

本公演にてキャラソンは2曲しか歌われていないが、挿入歌やグループ曲で各キャストが輝けるセトリになっている。キャラ格差のない、誰が推しだろうと文句のない構成に唸ってしまう。個人的には『あぁ光塚歌劇団』がベスト。

『シャツとブラウス』で私は泣きそうになった。イントロで既に。理由は見終わった今でもわからぬ。ただ「救われた」気がした。優しいフレーズとメロディの中に垣間見える少女の固い決意に、眼前の7人が重なる。汗で前髪が崩れたりしながらも歌う姿は格好良い。最後まで見たい!と思わせるパフォーマンスがそこには在った。 

そしてなによりも最後のMCだ。特に私は吉岡茉祐さんの言葉に救われた。

Wake Up, Girls!はまだまだ邁進していきますので、皆さま最後までよろしくお願いします。 吉岡茉祐

吉岡さんにどのような意図があって「最後まで」と言ったのかはわからない。監督曰く、いずれ解散させる気であると。それが、作品内での2次WUGの解散を指すのか、現実でのWUGの解散を指すのかはよくわからないが、そう言った話が彼女らにもなされていたのだろうか。また、「いつか」は全てに起こり得ることであるからか。さらには、ただその言葉が出ただけとも考えられる。しかし、6年の時を経て、私の迷いを吹き飛ばす言葉であったことは確かである。メッセージは色褪せない。見届けなくてはならない、そう強く思った。

そんなことを考えながら、テレビの前には「タチアガレを歌い出すオタク 2020ver.」が誕生していた。

最後に青山吉能さんの言葉に追い討ちされ幕を閉じた。

もっともっと高みを目指していきますのでよろしくお願いします! 青山吉能

 4.これから

未視聴の円盤を観るのが楽しみになった。更新されることはないが、まだ触れていないコンテンツが存在している限り、私にとってそれらに触れることはコンテンツが更新されることと同義である。とんでもない詭弁だ。しかし、無闇に悲観的に考えるのではなく、まずは触れてみてほしい。また、解散後で供給量から現推しを決めている方には、新たな発見があるかもしれない。(他界しろとは申していない)

中古を快く思わない方がいるのは重々承知しているが、中古はハードルが低い。ありがたいことにBlu-rayBOXも出ている。それらから観てみる、または完成形を観て惹かれたらそこまでを追ってみる、どちらも良い結果になると思う。「過去」を追うことで「過去の延長線上」をから脱却し、結果として、「今」を追うことになるだろう。

 

まとまりのない形で終わってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

ねびゆかむさま、ゆかしき人かな。

年末には『DATTE』がおすすめです。

みなさま、良いお年をお迎えください。

 

定禅寺通の欅、六本木の欅。

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〈はじめに〉

 こんにちは。デンタル味噌と申します。

 本稿は「Wake Up, Girls!Advent calendar2020」の12月8日の記事になります。企画を目にし、興味はあったのですが、過去の作品は粒揃い。参加ボタンを押すまでに一週間を要してしまいました。しかし、いざ筆を執るとさまざまな感情が整理できて、有意義な時間となりました。また、開始から1週間ですが皆さんの記事を楽しませて頂いています。既に現段階で参加して良かったと思っております。改めて企画者の方、他の参加者の皆様に感謝申し上げます。

 以下は本稿の目次となります。

 

1.プロローグ

 2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震発生。

 忘れはしない。

 当時、都内に住んでいたが、揺れる電線、繋がらぬ携帯電話、帰れぬ不安。

 翌朝、電気が復旧した。メディアを通じて飛び込んできた惨状は想像を遥かに上回るものだった。忘れようとも忘れることはできまい。

 震災一月前、2011年2月、私の家族は松島旅行を計画していた。計画は諸事情により崩れ、訪れることはなかった。しかし、インターネット上で見た風景が破壊された光景を目にし、言葉を失った。

 そうしたこともあり東北、特に太平洋側への旅行は一時的に難しいものとなった。やがてその旅行のことなど忘れ、9年が経過していた。

 ちょうど9年を迎えようとしていた2020年3月、イヤホンから美しく儚げな音楽が流れてきた。『Polaris』との再会である。(WUGとの出会いについては以前書いたので割愛。詳しくは以下をご覧ください。)

https://dentalmiso2000.hatenablog.com/entry/2020/12/07/072557

 こうして仙台、ひいては宮城、東北への思いは日に日に漸増していったのだった。

2.出立

 旅行好きの友人に「宮城へ行こう。」となんの脈絡もなく言ってみた。

 「行こう。」と彼は言った。かくして宮城旅行の計画はスタートし、その一言から2週間、我々は夜のバスタ新宿の待合室に座っていた。

3.夜明け前の仙台 

 国見SAで外気を吸いリフレッシュされたのか、南仙台ICまでは記憶がない。

 朝5時前の仙台は静まり返り、信号機だけが光っていた。アンパンマン像も冷え冷えである。アンパンマンとツーショットを撮った。

 東口からペデストリアンデッキへ向かう。何度もMVやアニメ、写真で見た立派なデッキ。橙色の仙台駅の表示と足元のレンガ色が温かく迎えてくれた。

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 再び駅へ戻ろうという時、ベンチで男女2人が談笑していた。松田マネの座っていた辺りだ。遠くから窺うには、男性が女性を誘い、飲み屋からそのまま流れてきたようなご様子。早朝の閑散とした仙台、離れた場所からも話の内容が耳に入る。少々下品な話であった。内心苦笑いを浮かべるとともに、そんな彼らも震災を経験したかもしれないと思うと複雑な気持ちになった。もっとも、そのような色眼鏡で見るのは良くないのかもしれないが。

4.一輪の花

 朝食に海鮮丼を食べる予定だったが、休日は営業時間が異なることに気が付き、急遽、石巻あゆみ野駅で途中下車。

 伊藤商店石巻店にて朝ラーメンを頂く。曇り空、底冷えした体に染み渡った。

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 新しい街並に加え、「あゆみ野」という名前、震災後に作られた街らしい。駅前の案内板によれば、復興ニュータウンの一画だという。

 日和山公園へ向かう。想像以上の急坂だ。足腰には自信があったが、高速バスでの低質な睡眠でチャージされた体力はゼロに等しかったようだ。脚が重い。

 鹿島御児神社への参詣を終え、海側にある鳥居へと歩みを進める。写真を撮り始める前に、一先ず鳥居を出て一礼した。

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 眼下には日和大橋。

 震災翌日のテレビで、橋の両端が水没し、橋上に孤立した人の映像を目にしたことを思い出す。その右手、すなわち水没したエリアは更地が広がっていた。災害危険区域に指定されたため、住居の建築が制限され、公園としての整備が進められているという。

 日和山公園から撮影された津波の映像を思い出しながら、太平洋と街を眺めた。

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 無論、日和山公園を訪れたのは『TUNAGO』のMV回収のためでもある。複数カットを回収し、次なる目的地、南浜つなぐ館前へと向かった。

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 (道中の門脇小学校。震災で津波・火災に見舞われ、現在は震災遺構としての整備が進む。)
 歩みを進め、つなぐ館へ到着した。瓦礫が散乱する中で作成された「がんばろう!石巻」看板。偶然にも根性のある花が咲いていた。「瓦礫」と書いてしまったが、思い出が含まれるものを、役に立たぬつまらぬものと切り捨ててしまうことには躊躇いがある。

 数年前からは復興も進み、撮影時とはかなり様子が違っているようで、MV回収は叶わなかったが、同じ空気を味わったことは良い思い出になった。

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4.復幸

 15mを越える津波により壊滅的被害を受けた女川町。私の好きな小説の言葉を拝借すれば

「圧倒的な破壊が拡大して連鎖していく。」

(有川浩空飛ぶ広報室幻冬舎文庫 2016年 511頁)

と表現されるだろう。東日本大震災後、作者によって書き下ろされた「あの日の松島」の章からの引用だ。この小説の題材となったブルーインパルスも震災とは切り離して語ることはできまい。ブルーの本拠地は松島基地であり、津波の被害を受けたからだ。

 ダンプカーが信号待ちの前を通り過ぎる。新しい街作りのものだろう。

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(震災遺構の女川交番。本来、陽を浴びることのない基礎の部分が露出し横を向いている。)
 この横に展示されているパネルに「復興」ではなく「復幸」という文字があった。住民一人一人が幸せを取り戻した時が復幸だという。この言葉は震災2ヶ月後の5月に生まれたとそうだ。海と紡いできた生活。そしてこれからも。住民は海と生きていくことを選び、笑顔溢れる街を目指す。
 そんな笑顔が溢れ、活気が満ち溢れているのがシーパルピア女川であった。訪問時は小雨が降っていて、気温も低かったためだろうか、屋外は閑散としていた。寂れているのではないか、と少々不安に思ってしまったことも事実である。しかし、屋内に入った途端、観光客の多さや店員さんの声に驚かされた。

 『Wake Up, Girls! 中の人でも宮城PRやらせて下さい!〜女川編〜』にて吉岡さんが舌鼓を打った「お魚いちば おかせい」の女川丼を頂いた。雲丹が苦手なので“特選″女川丼ではない。海鮮丼の美味しさは言うまでもない。ある人に言わせれば「海の宝石箱や〜」となるだろう。あら汁の海老もプリップリである。女川の海の幸に脱帽した。

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 汽車までの時間に高台へ登った。住宅は高台に作られている。かつて人々の営みがあった所は、今も更地か、または商業施設として新たな一歩を踏み出しているようだ。

 高台を下り、港で海鳥を撮る。穏やかな海だ。

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(女川温泉ゆぽっぽよりシーパルピア女川を望む。)

5.汽車

 定刻となり汽車が動き出した。私は徐に鞄からウォークマンを取り出し、『海そしてシャッター通り』を再生した。

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 ここまでの旅程でシャッター通りも目にしていた。あの叙述的な歌詞は間違いなくこの地を指し、この地で聴くことで感じるものがあるはずだ、と確信を持っていた。
 しかしその確信とは裏腹に、結果はそうもいかなかった。いつもと変わらない。いやいつもより…
 なぜか。

 私はこの地へ初めて足を運んだ。点でしか知らないのだ。この街の変遷を、魅力を、深く知らないのだ。必然的に思い入れは通い慣れた街や故郷に比べると小さくなる。生まれ育った家の近くで聴いた時の方が心を打たれたのはこのためだろう。私はこの曲を郷愁や家族への思いなどそういったものがあれば、どこであろうと私たちの心に寄り添うような曲だと思う。しかし、私にもこの町でその魅力を感じられる日が来てほしい。
 そのまま再生は続き『さようならのパレード』が終わった。警笛が高い声を上げた。

6.いざ仙台

 仙台駅へと再び戻ってきた。朝は開いていなかった案内所でパネルの写真を撮る。

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 サインを見て顔が綻ぶ。

 いつまで展示されているのだろうか。いつまでもここで私たちを迎えてほしい。
 瑞鳳殿へ向かう。日本史オタクの友人が頼まずとも解説を加えてくれる。一人ではその魅力もわからなかっただろう。助かった。
 拝観を終えると辺りは暗くなり始めていた。
 愛宕神社への登り坂、振り返った時に見えた夕焼けが印象的だった。オレンジにピンクを混ぜたような色。私は綺麗だと感じたが、友人は不気味だ不吉だと言った。
 愛宕神社に着く。『7Girls War』のMVやブログの写真のカット回収を行う予定だったが、辺りは既に暗く、軽く写真を撮る程度に留めた。
 しかし、1日の締めくくりとして美しい夜景を見ることができた。赤い提灯も綺麗だ。

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(愛宕神社より仙台市内方面)

7.仙台での夜 

 ホテルへのチェックインを済ませ、牛タン店探しに繰り出した。宮城県は肉牛の生産が盛んという印象がない。なぜ牛タンが有名なのだろうか。諸説あるようなのでここでの言及は避けておこう。

 そんな仙台と牛タンの関係だが、街を歩き回った末に、仙台の牛タン文化発祥とされるお店「旨味太助」をチョイス。

 入店。奥へ案内された。地元の会社員が飲んでいるようで少し騒がしかったが、閉店時間が早いこともあり、宴も酣、少しするとぽつりぽつりと帰っていった。帰り際、私の肩を支えに通路を抜けていく恰幅の良いおじさま。不快感はない。寧ろアットホームな雰囲気に心が温まった。

 夕刻、仙台駅付近を歩いて感じたことだが、ここは時間の流れが穏やかだ。「土日だから」という可能性もあるが、東京に比べ、街行く人に焦りがない。エスカレーターを足速に歩く人がいないことがそれを強く感じさせた。(熊本もゆっくりらしいね)

8.懸け橋

 快晴。

 昨日は生憎の雨天で行程変更をし、サン・ファン・バウティスタパークを翌日に持ち越していた。

 渡波駅で下車し、サン・ファン館までの25分の道のりを歩く。上下天光、陽光が万石浦の水面に反射し煌めいている。他方では防潮堤の工事が進められているのも事実である。

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 サンファン館に着き、まずは公園へ向かう。やはり『TUNAGO』といえばここだろう。

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私たちが架け橋となってたくさんのつながりができますように。

 こうして私がここまでやってきたのもこの架け橋のおかげだ。景色、空気、地元の人とのちょっとした会話。この旅行に来なければ、WUGと出逢わなければ、出来なかった体験だ。ありがとう。そして、私をここまで連れてきた、ここへ行きたいと思わせるほどの魅力がWUGというコンテンツにはある。

 この施設の目玉、サン・ファン・バウティスタ号を見学した。停泊展示され太平洋を眺めるその船は、航海を望んでいるようにも、鎮座して海を見守る守護神のようにも見える。

 押し寄せる津波に耐えたこの船(1ヶ月後の南岸低気圧で破損)だが、2021年3月末に老朽化のため展示を終了する予定だという。

 余韻に浸りながら駅へ戻るとポケットに入れたはずの切符が失くなっていた。元が取れていなかっため、10000円の大損となった。やはり昨日の夕焼けは予言だったのだろうか。

8.帰路

 仙台市街へと戻ってきた。青葉城に向かう予定であったが、ここまでの過密スケジュールでの旅程で、私の脚は機能していないも同然の状態であった。昨日、40000歩も歩いたのだから無理もない。

 AER展望台でこの2日間をゆっくり振り返ることにした。ここはアニメの聖地でありながら、なぜかその存在感は薄いように感じる。

 夕景が美しい。旅の記憶を振り返る。今まで何度も聴いてきた曲への想いも変わることだろう。

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9.エピローグ

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 今回、宮城を訪れて、震災からの復興は長い道のりだと感じた。私は10年間の軌跡を詳しく知らないので、復興に対して「まだまだ」だとか「だいぶ進んだ」などとは言えない。よってこの表現に留めようと思う。更地やかつての写真を見ると前者の感想を抱く。しかし、着実に新しい生活が始まっている街を見て、後者の感想を抱く。

 私は競泳をやっており、その中で東日本大震災の復興大会にエントリーしてきて、被災地への関心は持っていたつもりだ。またこの旅行の直前に当時の新聞記事に目を通してきた。しかし、現地を訪れて、文章や写真で感じるものとは異なる感想を抱いた。貧しい語彙しか持ち合わせていないのがもどかしいが、すべてが鮮明なのだ。やはりその空気感などは訪れてみなければわからない。

 これからもこの地との出会いを大切にしていきたいと思った。今回訪れることができなかった石巻以北、さらには岩手などにもいつか訪れたい。そして、多くの人にこの美しい街を訪れてほしい。本稿は一部、陰りのある内容になってしまったが、そういった理由もあってこの文章を書いた。私は先にも綴った通り、WUGにより宮城へ行き、この文章を書くに至っている。かくして“つながり”の中へ引き込まれた。私の文章が更なるつながりを生む、触媒の一つになってくれたら幸いである。

 最後に、

 私を東北に連れ出してくれてありがとう。

 Wake Up, Girls!最高!!

 

〈おわりに〉

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 松島やアニメWUGの聖地にも一部行ったのですが、過密スケジュールであり、滞在時間が短かったため省きました。またの機会にゆっくりと楽しめる日が来ることを。

 感想など頂けると嬉しいです。ワグナーさん、水泳をやっている方、そうでない方も、みなさん。

 それでは、素敵なクリスマスをお過ごしください。

 

 

私と記憶とWUGと

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*1

 デンタル味噌と申します。なんとなく知っていたものの深掘りをしなかったことを今になって悔やんでいる若輩者ファン(?)です。私がWake Up, Girls!にハマるまでを、蜩を聴きながら、徒然なるままに、綴ったお気持ち表明文です。

 Wake Up, Girls!が解散した今、そのファンを名乗ることは出来るのでしょうか。Wake Up, Girls!であった、7人の声優のファンなのでしょうか。しかし、そういった呼び方も躊躇われます。そんなことは考えずに”好きなものは好きと言える気持ち抱きしめたい“とするのが最適解なのでしょうか。難しいところではありますが、とにかくみなさんのことを応援していきたい、そんな気持ちです。

 私がWake Up, Girls!の存在を知ったのは2016年。『灼熱の卓球娘』でした。ED曲が美しいとは思っていましたが、アーティストを詳しくは調べることはありませんでした。そんな自分を説教したいですね。

 その後、2017年に『恋愛暴君』で再会。『恋?で 愛?で 暴君です!』にどハマり。MVを幾度も視聴。『少女交響曲』をヘビロテ。曲最高!くらいの感想でした。当時の自分は声優よりもアニメキャラクターへの興味が強かったのです。グリ、可愛いですよね。グリにはあの声しかない、そう思っています。そんな自分に耳打ちしたいですね。「もう少し深掘りしてみな?」

 2018年、解散の告知をTwitter上のトレンドに発見。その存在を知っていただけとはいえども、寂しさを感じたことを覚えています。誰しも、何かがなくなっていく、諸行無常とでもいうようなものは寂しさを覚えるものです。ファンとなった今、この頃から追えていればと心残りです。また、経緯は記憶にありませんが『Polaris』をヘビロテしていました。なぜだろう。しかし、そのどこか寂しげな曲調に心を惹かれたことは間違いありません。そんな自分にリプを送りたいですね。

 2019年、解散ライブのタグをタレンドで発見。終わったのか、、と2018年と同じような感情を抱きました。当時現地参戦したかったと思いますし、参戦できなかったとしてもそのフィナーレを見届けたかったなと思います。

 そして2020年冬、Spotifyで曲を流していたところ、突如として『Polaris』が。一年越しの再会でした。Twitterに共有したところ、友人から数曲を勧められ、これらを聴き、さらに色々と調べるうちに私は魅了されたのです。私をWake Up, Girls!と引き合わせてくれた偶然と友人に感謝!(セブクラを勧められた。)

 魅了されてからは早かった。未視聴のアニメシリーズを全て視聴。陰りを含んだストーリーは私の好みにフィットしました。推しキャラができ、必然的に声優についても深く調べるように。インタビュー記事などを目にするうちに、Wake Up, Girls!の軌跡に心を打たれました。それは彼女ら自身、スタッフの方々、そして支えてきたワグナー、そうしたWUGに関わる人全ての物語。これが私がファンになった大きな理由だと確信しています。

 この状況が落ち着いたら、宮城に赴きたいものです。

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

2020.11.04 加筆修正。

*1:こちらの記事は以前noteに投稿したものと同じ内容になります。ブログの一本化のため、こちらへ投稿します。